写真の登場により、絵画は大きく変化していった。写真が登場する直前の時代には、光の描写とその効果を追い求め、ついには形態のぼやけた絵画も多く存在した。印象派と呼ばれるものである。写真の無い時代、画家には目に見えるものを「どのように描くか」が問題であり、印象派の画家の多くは、その対象を「光」に求めたのだ。だが、写真が登場してしまえば、目に見える一切はレンズを通して「定着」されてしまう。写真以後の絵画は、「どのように描くか」ではなく、「描くべきものは何か」と変化していく。
ピカソはそこで莫大な発見をやってのけ、ジャコメッティは対象を執拗なほどに探求した。特にジャコメッティは、モデルの人物を、自分の感覚で不必要な箇所を削ぎ落とし、時にひょろ長い人体の彫刻をも制作した。そこにはモデルの人格は無い。削り落とすことで、人間は本来皆同じ生き物であることを主張しているかのようでもあるのだが、削り落としているのがジャコメッティ本人であるので、ジャコメッティにとっての人間の本質、言い換えれば、ジャコメッティ自身の本質を、モデルの内に見出そうとしているとも考えられる。そう考えれば殊更、モデルに人格は無い。
私が思うに、ジャコメッティとピカソとは、同じ場所を、全く異なる方法で目指していた。そして私の考えでは、この二人の中間的な方法で、二人と同じ場所を目指したのが、ルオーなのである。ピカソは、自然を捉えようとするその絵に、社会性が流れ込み、時に歪み、分裂を発生させる。ジャコメッティは社会性が入り込むことを危険であるとして、徹底的に剥ぎ落とす。両者に対してルオーは、剥ぎ落とすことをせず、社会を描くこともせず。ただ人を見つめ続けるのである。
初期のルオーの作品には、恐らくはドーミエやロートレックの影響なのであろう、娼婦を描いた作品が多数見受けられる。だが、ドーミエやロートレックは社会情景の一部分である「娼婦」を描いたようだが、ルオーはモデルに重く、グロテスクな肉体を持たせて描く。私は、ルオーほど、人間をグロテスクに描く画家を知らない。しかもルオーの絵には、社会性はない。娼婦を描いているのだから「社会的」であるともされがちだが、私の見方では、「社会的」なものを通りこしており、少しも社会的ではないのである。作品によっては、絵の具を厚く塗ることで、浮き彫りに見えるものもある。人物を描く時に浮き彫りにしてしまう手法を、ジャコメッティは詐術と言う。不要なものを削ぎ落とし制作している彼には不快な作品であったに違いない。いずれにしてもルオーは、そこまでしてモデルの内面にあるグロテスクな部分を引き出そうとした。そこまでしてしまえば、「社会性」なぞとうに通り越している。単純だが、それが私の見方である。対象との関わり方が、ルオーに良く似ていたのは恐らく、モローである。モローの描く光は、自然光でもなく、蝋燭の灯りでもなく、モローにしか捉えることのできない対象の内面から発せられる光だ。似ていて当然でもある。モローはルオーの師なのだから。
モローは宗教的資質のある画家である。内面から発せられる光は、単なる想像力や創造力ではなく、魂を描くといった感覚に近い。モローの宗教的な側面をルオーも受け継いでいるのだが、モローとは決定的に異なる側面をルオーは持ち合わせていた。それは職人の気質である。元来ステンドグラス職人であったルオーには、一流の職人的気質が備わっていたはずだと私は考える。一流の職人的気質とは、素人よりも上手に家具を作るとかいうものではなくて、素材を活かす術に長けているということである。
若い頃のセザンヌが描いた「殺人」をテーマにした作品は、絵具を多分に使用し、厚みのあるものであった。自分の激情をキャンバスにひたすら叩きつけていたのである。晩年、セザンヌは、絵具は薄くするべしという鉄則を作り上げ、水彩画も増えていく。厚みや重みによる変化を無くすことで、自然という物体の総称は表現できると考えたのではないだろうか。つまりマチエール(質量)はマチエールを表現できず、絵画記号に置き換えねばならないと。しかしルオーは年を重ねるに連れてどんどん厚塗りになっていくように見える。喜びに満ちた娘の笑顔までも顕れる。もし、ジャコメッティが言うように詐術であるのなら、こうした笑顔の輝きまでをも表現できることは考えにくい。ルオーは恐らく、モローより引き継いだ宗教的気質と、己の感覚で見出した対象の内面を、職人的気質で最大限活かしたのだ。これは絵具の単なる積み重ねではない。むしろ絵画記号の複合的な関係の樹立と言えないであろうか。
結果、ルオーの作品自体には物語が無い。ピカソの作品は、あらゆるものを取り込むという側面から、膨大な物語が作中に存在しているし、ジャコメッティの作品にはジャコメッティ自身の感覚の記録がそこには確かに在る。しかし、ルオーの場合、作品自体は語らない。彼を通じて得られた対象の素材が最大限活かされた作品があるだけである。だが、最大限に活かされているからこそ、鑑賞者はそこに物語を想像することが出来る。そうした意味では、ルオーの作品は常に未完成なのである。ピカソやゴッホなど偉大な画家の作品を我々は完成した状態で見る。もとより、画家自身も完成させてから公表する。ルオーの完成形とは、内面を最大限描いた状態であり、それだけでも素晴らしいのだが、「内側は描いた、過去と外の世界は任せる」と鑑賞者に語りかけているようでもある。私の見方が間違っていなければ、ルオーは、絵画記号の積み重ねを、全く独自に、他のどの画家よりも自覚的に開発した唯一の芸術家である。
もしも私と同じようにルオーも考えていたのであれば、ルオーは自分自身の疑問に一切の決着をつけることのできない芸術家であるといえる。対象の内面を最大限に描くことで、ルオーが対象から読み取った真実は、鑑賞者の数だけ存在することになる。どの絵画でもそうだと言われればそれに間違いは無いが、特にルオーに関しては、見れば見るほど、物語が鑑賞者の中に発生し、真実はおろか、目安となりうる事実であるはずの美術評論すら書きにくくなってしまう。ルオー自身、自分の作品から幾通りもの解答を想像したに違いないし、想像しながら制作したことであろう。時間の流れの一点において、作品が解答の一つになりえたのであろうが、点は常に線であり、過去の己の出した解答となってしまう。恐らく、描き続けることが唯一の解答であるとルオーは考えたに違いない。彼は、死ぬまで描き続けなければならない宿命を背負ってしまう。だからこそ、彼は自分の納得のいかない作品は世に出すことはなかったし、裁判まで起こして、未完の作品を画商から取り戻し、300点以上もの作品をボイラーの火にくべて燃やしてしまったのだ。ルオーにとってそれらは、自身の過去の解答にも成りえないものであったのだろう。
昨今の画壇では、来場者に壁に釘を打ってもらうだとか、鑑賞者参加型の展覧会が多いが、それらのほとんどは「作業」でしかない。私には芸術家が、己の力不足を露呈しているにすぎないと感じられるのだ。そして本当の意味での鑑賞者参加とは、ルオーを見習わねばならないと私は考える。いかなる芸術形態であれ、その時点において、明確な解答を元に制作された作品は、芸術家の解答とは異なりはするのだろうが、鑑賞者の想像力を導き出す。そして作品が世にある限り、想像の泉は、枯れることがないのである。