霧と影水上勉の世界

「霧と影」は昭和34年に河出書房新社より出版された推理小説である。松本清張氏の「点と線」に触発されたというこの作品は、日本共産党にかかわるトラック部隊事件にヒントを得て書かれた、水上勉氏の出世作である。以降、水上氏はしばらくの間、社会派推理小説作家という呼び方をされてしまう。霧と影 初版

出世作であったため、当時の水上氏は自分の意のままに作品を書ける環境になかったといえる。出版社から、「推理小説を書いてくれ」と依頼があり、執筆したはずである。そのため、この頃の作品は、読み手が「推理小説」の枠組みのみで鑑賞してしまうと、水上氏が書きたかった箇所というものを見落としてしまうのである。

作品の内容を述べるのはここでは控えさせていただくが、作品中、私が最も興味をもったのは「猿谷郷」と呼ばれる土地についてである。猿谷郷は若狭富士と呼ばれる青峨山の北に位置する集落となっており、戸数わずかに四、住人は十二人、「外界から杜絶され」「陸稲と芋をつくり、炭焼きを業とし」「自給自足」するしかない地である。作中、猿谷郷の自然は、登場人物の日記という形式で語られている。

「山桃の樹海は風が吹くと葉が全山にわたって裏がえった。そのたびに黒色に近いくすんだ葉の色が、若葉のような白みがかったグレーに光るので、何かの動物の毛なみを、風が下からこすり上げるような、ふくよかな動きに見えた。」

「夕方近く猿の鳴き声を聞いた。山桃の青い果をもとめて、猿の群れが断崖を渡るのである。霧が深くて姿は見えなかった。」

推理小説である以上「事件」が起こるのは必定であるが、「霧と影」とは、事件を指すのではなく、「霧」の中を「動物」のような人間の群れが、「断崖を渡る」ようにして生きていく姿であることが、ここから推測される。引用した文章は、この作品において表現されている人間の総称のようにとらえて問題ないと思うのである。

私は、水上勉という作家を、最後の文豪であると常々意識していた。というのも、作品中で、このようなことを見事な自然描写でやってのける作家は、現在では皆無だと思うからである。出世作ではあるが、作家水上勉の文章道は早くも確立していたことが伺うことの出来る作品、それが「霧と影」である。