モーツァルトの手紙

モーツァルト、もはや知らない人はいないであろうほどの音楽家である。このモーツァルト、最近知ったのだが、何と人生のおよそ1/3を旅に費やしている。35歳でこの世を去ったのであるが、実に10年と2ヶ月の間、旅をしているのである。

この時代、(というよりはメールがあまり広まっていない10年ちょっと前まで)、人は手紙をよく書いた。特にモーツァルトの生きた時代にはファックスも電話もないのだから、近況報告には手紙しか手段がない。人生の大半が旅であったモーツァルトも、その生涯で膨大な手紙を書いている。さてここで興味深いのは、手紙に書かれたモーツァルトの言葉である。

彼の手紙は、ほとんどが旅先からのものであるのだが、旅について書かれたものは極めて少ない。しかし妻に先立たれた父親がモーツァルトに、「ザルツブルグに返ってきてくれ」と手紙を出したその返事には、モーツァルトの旅の理論が書かれている。先ずここで彼はザルツブルグには帰りたくない、と言う。その理由は、「土地の人々との交際が上手くできない」、「音楽が尊敬されていない」、「大司教が旅の経験をした人間を信用しない」ことである。この理由に彼は続ける、「芸術や学問に携わる人の場合、僕は断言しますが、旅をしない人なんてまったく惨めな存在でしかありません」と。

もっともモーツァルトの旅は演奏旅行や自分を売り込むための旅行であることが殆どである。いわゆる行楽ではない。しかしこの修行の旅は、父親への手紙から察するに充実していたものであったようだ。恐らく苦しい時期もあったことであろうが、旅をしない人を惨めだとしていることからも、旅が自分の生を解放しているのだと彼が考えていることが容易に推測できる。また、「芸術や学問に携わる人の場合」と前置きがあるように、彼の旅は、「向上」と「探求」そのもであるのだ。とするならば、モーツァルトの音楽は、旅によって創造されたものであると言っても過言ではない。