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アイヌウタリ

アイヌというと読者は北海道に先住していた民族とお考えになるだろうが、そうではない。確かにアイヌは大陸より、日本列島へ北から移動してきた。樺太、千島列島を経て、北海道そして本州にも移住しているのである。さらに最近のDNA鑑定では、縄文人のものがアイヌのものとほぼ等しいことが判明している。縄文時代、本州に生活していたのは後にアイヌ語を話す人々の祖先である。

縄文文化の消滅、短い弥生時代を経て、大和の権力の成立とともに、彼らは再び北へ移動しなければならない羽目に合う。そして彼らがアイヌ文化をその地方ごとに発展させたのが、北海道と千島列島である。あまり知られていないことではあるが、択捉、国後だけでも1万人を越えるアイヌが生活していた。勿論樺太にもアイヌはいた。第二次世界大戦の敗戦のどさくさに旧ソ連領となってしまい、アイヌは島を追われる。以降、千島に墓はあるが訪れることの出来ない状況が続く。

問題であるのは、日本人がアイヌの存在すら意識していないことである。今述べたことは明治32年の北海道旧土人保護法の話ではない。千島列島を追われたのは、半世紀と少し前の話である。旧土人法により、日本人と同じ様に生活することを強制され、言葉を奪われ、名前まで奪われたが、確かに自らをアイヌであると意識する人びとは存在し続けているのである。だが、稀に、北方領土問題をめぐり、抗議する人びとの映像が報道されたとしても、メディアですら彼らをアイヌ民族を中心とした団体であることを述べない。日本人はアイヌの存在すら肯定していないように思えてしかたがない。

政治的支配を目的とした保護法のおかげで、アイヌは殆どの文化を奪われたが、アイヌ初の国会議員萱野茂氏が、アイヌ語で国会答弁を行ってから、文化はゆっくり再生し始めた。かつての狩猟採集の生活が実践出来ないとしても、アイヌの風習にならった儀式を実践しはじめる家庭が僅かだが出てきたこと。そしてアイヌ語によるラジオ放送。アイヌの楽器、トンコリを自ら制作し演奏する、アイヌのミュージシャンの登場などが挙げられる。そんな中、最近とても都合の良い日本人、しかも環境問題に関心のあるような人が、アイヌの生活に学べなどと主張している。確かに今の日本の環境問題を考えれば、アイヌの嘗ての生活から学ぶことも多かろうと思う。だがこれらを主張する人々には、アイヌの文化を滅ぼしたのが自分たち日本人であるという意識は欠けらも見られない。また、アイヌが今も存在していることを書いている人もいはしない。少なくとも、彼らの文面から、私には見ることが出来ない。

が、先に述べたように、アイヌ文化は再生の兆しを見せ始めている。政治的な問題もあるが、私が何より望むのは、アイヌウタリが、アイヌの思想で生活出来ることである。この場合の生活とはあくまで思想的にである。政治、経済的にではなく、エコロジーについて、人との触れ合いについて、そうした日常生活の思想である。アイヌの社会的独立を提唱する人もいるが、実際それは沖縄の独立より遥かに不可能な話である。そればかりか、今私が述べた、思想的独立ですら長い年月を必要とするであろう。言語にしても、最早アイヌが中心に生活をする地方というのが、北海道にも殆ど見られないことから、アイヌ語の再生も不可能に近い。アイヌ語のラジオ放送や新聞があるが、集中して居住していないために、根付くことは困難を極める。ならばせめて思想的独立をと考える次第である。

あらゆる独立は、それを認知する周囲の目があって初めて成立する。その内容に賛成であるか反対であるかは問題ではない。ただ、存在そのものを認知されることが重要になる。例えば我々はベジタリアンの生活の存在を、賛成、反対は別として、認めてはいる。これもまた、思想的独立といえよう。同様にすべての日本人が、同じ社会にアイヌが生活していることを認知する日が来ること、それこそがアイヌの思想的独立である。くどいようだが、この場合、アイヌの生活観に賛成か反対かは全く問題にはならない。たとえすべての人が反対であったとしても、反対されるということは、認知されていることの証でもあるからである。

アイヌ関連の書籍を中心に発行している出版社との関わりから、いくつかのアイヌ団体の存在を私は知るようになった。芸術や言語、風習の研究など、文化的復興への協力は、惜しむことが無い。また仮に、アイヌ文化が完全に消滅することになるのなら、私は、その証人となろう。