Philosophy目次へ  TOPページへ

スティーブ・ビコの言葉

スティーブ・ビコについて、昔このサイト上で書いた。ビコの名と、彼の思想を我々は忘れられてはならない。だが現在では、ビコに関する資料は、日本語で入手するのが困難になってきている。そこで、ビコの言葉をここに集めてみたい。アパルトヘイトについて研究している若い学生の皆さん、映画「遠い夜明け」をご覧になってビコのことを知りたくなった方、多くの方のご参考になればこれほど嬉しいことはない。

「俺は書きたいことを書く」表紙

【ビコの言葉】

真の人種統合の核心にあるのは、各人、各人種集団が立ち上がり、こうありたいと思い描く自分自身の姿に到達するための準備を進めることである。それぞれの人種集団は、他の人種集団を侵略することも、他の人種集団に邪魔されることもなく、自由に自らの実存のスタイルに到達できなければならない。こうした相互の尊厳と完全な自己決定の自由によって、さまざまな人種集団の生き方が真に融合していくのは明白である。これが真の統合なのだ。
リベラルが親になってしまったゲームとは、周到な責任逃れのゲームである。
「黒人意識」とは、本質的に、黒人が自らの同胞とともに、自分たちの活動の根拠―その肌の黒さ―のもとに団結する必要を自覚することであり、自分たちを永遠の隷属に縛りつける鉄の枷から解き放つために、ひとつの集団として活動することである。
「黒人意識」の概念においてもっとも重要なのは解放である。というのも、われわれは、自己意識を持ちつつなお奴隷状態のままにあることはありえないからである。われわれは、解放された自己として心に描いた自己に到達することを望む。
宗教とは、あらゆるものを創造したとされる最高存在あるいは力と結びつこうとする、人間の企てである。
植民地主義とは、先住民を掌中におさめるだけでは満足せず、ある奇妙な論理をつたって先住民の過去へと向かい、それを変形し破壊するものである。
文化とは本質的に、人生のさまざまな問題に対する、社会の複合的な解答である。われわれは毎日新しい問題を経験しており、人間を中心にすえている限り、われわれが何をなそうとそれは、われわれの文化的遺産の豊饒さに資するものなのである。
人は誇りを持って生きているのでなければ、死んでいる。死せるものにとっては、どうしたところで、気にかかるようなところは何もあるはずがない。
死はすこぶる非合理的なものだが、もし人が死に対する恐怖を克服することができたら、そのとき、人は歩みを進めることになる。

私がここでビコの言葉をまとめるにあたって注意した点は、政策面での発言を取り入れず、彼自身の「定義」、あるいは「観念」としての言葉のみを取り上げようとしたことである。もっとも「黒人意識」については最低限必要なものを2つばかり入れた。すると少ないのである。これは30歳で殺された彼の短い人生、またアパルトヘイトの現状に対する発言が非常に多いことが理由として考えられる。実際に彼は、多くの人に理解してもらうために、何度も繰り返し、「黒人意識」について語るのである。余裕がない、ということが最大の理由なのかもしれない。アパルトヘイトはそれほど大きくて醜い最悪なものであったことが想像される。

ところで最後の2文、死についてのビコの発言、これはビコが殺される直前、拘留中のインタビューからのものである。彼の誇りは、南アフリカに根付いているのだろうか?そのことが心配でならない。