ジンバブエは世界遺産、グレートジンバブエの頃(最盛期は14世紀)から農業により栄えた地域である。グレートジンバブエについては折に触れて書いてみたいものだが、今回は現在のジンバブエが抱える経済問題についてである。2008年10月、ジンバブエのインフレ率は2億3100万%を超えた。これは戦争状態にない国家における世界最悪の数値である。物価水準が1年前に比べて200万倍以上になり、100,000,000ドル紙幣まで登場する有様だ。メディアは世界最高のインフレと、びっくりニュースのように報道を開始したが、原因までは誰も報じはしない。良心的な報道機関が報じていたとしても、大統領選の混乱が経済破壊を招いたと書かれているだけである。選挙の混乱だけではない、ジンバブエには悪夢の予兆が随分前からあったのだ。
ジンバブエは本来農業国家である。それも革新的であったと言える。農業先進国、そうした言葉があるのなら、嘗てのジンバブエこそが相応しい。その理由を見てみよう。
1983年から85年にかけて、アフリカの広い地域で大飢饉が襲う。ひどい大旱魃で、難民が続出、「エチオピア難民」という言葉が日本で浸透したのもこの時期で、救済活動として、"We Are The World" が米国のミュージシャン達によりで開催された。エチオピア、モザンビークでは100万人の死者を出したといわれている。このとき、ジンバブエも大旱魃による甚大な被害を受けていた。だが、この旱魃による死者はゼロ。見事に乗り切ったのである。そればかりか翌年には100万トンを超える穀物の余剰生産をしてみせた。
主食のトウモロコシは、雨季が来ると種をまく。ところが旱魃で雨季になっても雨が続かない。農家は雨が降れば今度こそ、と種をまく。この繰り返しでどの国も種を無くしていた。ジンバブエの農業省の農業普及員は、このとき旱魃による被害を予想していた。彼らは自転車で農家を回り、「農業キット」と書かれた段ボールを無料で配る。配る際には「雨が本格的に降ったら開けろ」と注意しておくのだ。箱の中には、トウモロコシとソルダムの種、肥料と農薬が0.5ヘクタール分入っていたのである。彼らは大旱魃を見事に乗り越えた。当時の農業普及員はおよそ3400人、一人で20以上の集落を自転車で巡回したというからその苦労は想像を絶する。いずれにしても農業省は農民達の信頼を得て、きめ細かい農業政策を実行していくのである。
しかし、突然何かが壊れてしまう。壊したのは皮肉にも黒人による白人差別であった。農業省の普及員を教育し、政策を作っていたのは省の白人であったが、ムガベ政権による「白人いじめ」が始まり、役人の中に白人がいなくなってしまう。普及員への待遇も悪化、政策はほとんど行われず、政府は農業に全く無関心となる。1970年代まで、アフリカの多くの国家は農業輸出国である。大旱魃を乗り切ったジンバブエは、ガーナのカカオのような突出した作物こそないものの、世界レベルで見ても、農業先進国と言っても過言ではなかった。日本政府には、そのような真似は出来ないであろう。
残念ながらアフリカの多くの国家は、農業に無関心となり輸出国から輸入国へとなってゆく。ジンバブエも同様である。何故農業に無関心となったのか?ジンバブエのみで考えると、農業は政治家の収入に繋がらないと考えたものと思われる。
ムガベ大統領は90年頃から収賄などが噂されるようになる。空港建設にあたって、外国企業より300万ドルが大統領に渡ったという報道がされ、軍の将校によるクーデターが起こる。さて、ムガベとしては軍をなだめないといけない。軍の中で影響力を持つのは元解放闘争ゲリラだ。ムガベは彼らに特別年金支給を行う。約7万人の元ゲリラに一人当たり日本円で50万円分の一時金を支給、その後毎月3万円分の年金を支給したのだ。断っておくが、ジンバブエで毎月3万円の支給は破格である。ムガベはこの額を、議会でまともに議論せず、財源も確保しないまま振舞った。人気は取れたのだろうが、一時金だけで350億円、国の財政は破綻してしまった。
ムガベほど愚かな政治家も珍しい。この破綻の翌98年、コンゴへ派兵するのだ。派兵はコンゴの内戦でコンゴ政府の支援として4年間行われた。その数、およそ1万人。財政破綻の上に、派兵によりさらに出費を重ねた。コンゴはジンバブエとは隣接していない。だが、派兵が行われたのである。その理由はなんと、ムガベ大統領夫人のためだと言われている。
この夫人の名はグレース。大統領の元秘書であり、最初の夫人が癌で亡くなった後の再婚相手だ。年の差は40。再婚と言っても、グレースも軍人の妻であったのだが、大統領と結婚するために離婚。元夫は国外に去った。大統領から相当な額が元夫に渡ったと考えて間違いないであろう。この妻の生活は異様なまでに派手。高級住宅の購入は勿論、旅行先のイギリスで貴金属を大量に購入。ロンドン市民が、「イギリスの援助で贅沢をするな」とホテルの前でデモを行う始末だ。さて、ようやくコンゴ派兵の理由だが、ムガベ大統領は何と、この妻にコンゴのダイヤモンド鉱山を購入。この鉱山をゲリラから守るための派兵と言われているのだ。これは野党が非難していることでもあるのだが、ムガベならありえると誰もがそう信じた。
大統領への批判は当然高まる。さて大統領は困ったが、元ゲリラは手なずけてある。そこで批判の矛先を自分から遠ざけるために彼らを利用した。
「白人の土地は我々の先祖の土地である。元ゲリラ兵はその土地を取り戻せ」と。
元ゲリラは、大統領に略奪を命じられたのだ。この機会を彼らは逃さない。白人農場を襲っては農場主を追い出し、時には殺し、自分が農場経営者となってしまった。といっても彼らは農業も経営も全くの素人。ジンバブエの農業輸出額は2,000年から2,006年の間で半分以下に落ち込んでしまう。
政治と経済の腐敗はムガベ自身が元凶であったので、国民の怒りが自分に向けられることを恐れたのだ。元ゲリラに白人農場を襲わせ、それに便乗して、「お前達が苦しいのは白人が利益を独占しているからだ」と吹聴する。国民の怒りを白人に向けることにはある程度成功したかもしれないが、略奪された白人農場の経営が悪化し、大量の失業者を生み出した。指導者が自分への批判を他者に向けさせるのは、アフリカでは珍しくない。さらに略奪した農場は政府高官にも配分された。
さて、ジンバブエの悪夢はまだまだ続く。2002年、英国はジンバブエの腐敗した内政を理由に、経済制裁を行う。勿論、ジンバブエのインフレは制裁が原因ではない。政府が原因である。しかしムガベは、国民に「イギリスの不当な制裁のせいで物価が高い」と説明する。それだけならまだいい。ムガベは2007年6月26日、演説で次のように語った。
「我々はイギリスになんて負けない、市民の生活を守るため、商店や企業は商品価格をすべて半額にしろ!従わない場合は国有化する!」
誰もが耳を疑ったことだろう。当然だ。すでにインフレはひどい状況にあり、物価は1週間で倍以上にもなっており、常に上昇している。半額と言われてもどこからの半額かも理解が出来ない。大多数の市民は相手にしないでいたら、その日の夕方、値下げしなかったとしてスーパーの経営者が逮捕される。国中が度肝を抜かれた。
さて大変な事態である。とにかく逮捕は免れたいから半値にする。するとどっと人が押し寄せあっという間に商品がなくなる。半額バーゲンセールだから当然だ。これじゃ利益がないので、店は開くのをやめる。これも当然の選択である。店で売られなくなったら蔓延るのは闇市である。結果的に物価はさらに上昇した。地方の部落では物々交換も行われた。経済が破綻したという言葉は相応しくない。破綻以下である。今のジンバブエには「経済」という言葉が存在しないと言っても過言ではない。
このムガベが長年にわたり大統領の座にあったのは、部族当選が原因だ。人口の8割がショナ族で彼はその出身である。部族から立候補がムガベ一人なら、彼しか当選しない。2002年の選挙ではこの部族からもう一人立候補した。野党のツァンギライだ。しかしムガベは暴力と恫喝で票を獲得してしまう。この頃からムガベは野党議員に対しても、公安警察を動員して不当な拘留、暴力を頻繁に行う。2007年、ツァンギライも容疑なく逮捕され、鉄棒で暴行を受ける。
そして今年3月、大統領選が行われた。ムガベは84歳、まだ権力の座に着きたくて立候補。ツァンギライも2度目の挑戦だ。しかし結果が発表されなかった。下院議会選挙では野党が半数以上を獲得したので、大統領選でもムガベ(与党)は敗れたと見られていたが、発表のないまま選挙委員長が辞任する。与党は大統領選で不正があったと再集計を要求するなど時間稼ぎを行い、そして5月になって、ツァンギライ、ムガベ共に過半数に達していないため再選挙を行うと発表された。
国際機関の監視を一切拒否した選挙である。裏で操作があったことは間違いないであろう。さて強引に再選挙に持ち込んだムガベは何としても当選したい。そこで彼は野党への脅迫と暴行を執拗に繰り返した。ツァンギライがこれに屈してしまう。立候補を取り下げたのである。その結果、ムガベが当選。ツァンギライを責めることは出来ない。南アフリカでのアパルトヘイトに反対する運動家の場合も同様だったが、暴力は子供や夫人など家族や友人にも及ぶ。勿論、命を落とす者も出てくる。彼の選択を責めるべきではないのだ。
インフレ率は2008年2月に16万%と発表された。それ以後は発表もなく、政府は何もしていないかのようであった。事実、機能していなかったのでろう。ここ数ヶ月で、100,000,000ドル紙幣を発行したり、2億3100万%のインフレと発表するのは、「こんなに大変なんだ、見てくれ!」と言っているようにしか思えない。ジンバブエのインフレは数字の上では今後もひどくなるかも知れない。しかし先ほども述べたが最早「破綻以下」である。経済活動は無いに等しい。それでは発表される数字は単なるショーでしかない。
以上は、農業を見放した国家の最悪のシナリオと言えるであろう。日本にも当てはまることが多々ある、と私は感じている。第一次産業の軽視、当選と政権が目的の政治家、税負担増にずさんな経理、国家公務員の無駄遣い、役所に群がるハイエナ企業、国の財政は破綻寸前なのだから。