環境問題論

この10年、特に温暖化現象による異常気象や海面上昇など環境への不安が増しているようである。その大きな原因とされているのが二酸化炭素濃度の上昇である。京都議定書でも取り上げられたのだから世界中の研究者が最大の原因としているのであろう。しかし私にはどうしても工業による二酸化炭素排出量の削減が最も重要であるとは思えないのだ。というのも、1940年から70年まで、二酸化炭素濃度は大幅に上昇したにも関わらず、この期間、気温は上昇せず、むしろ0.2℃ではあるが下がっているのである。昨今の気温上昇は、二酸化炭素濃度以外の原因もあるのではないかと考えられないか?そしてさらに、気温上昇による不安が騒がれているけれども、黄河文明やエジプト文明の頃には、現在よりも3~5℃高かったとされている。生活環境は大きく変化するかもしれないが、人が生きていくのには大して問題はないはずだ。植物も同様である。

海面上昇の問題も、過去100年間で10cmから25cm上昇したとされているが、東京湾の水位は変らないし、平坦な宮古島の海岸線にも変化はない。確かに水没の危機にある島もあるのだが、本州のみを考えても、東日本は数センチ下がり、西日本は逆に上昇しているという。タスマニア島では海面が下がっているのが確認されているし、どうやら上がるところあれば下がるところもあるのが実情のようなのである。国連の環境研究(IPCC)の発表にしても、海面が最大80cm以上上昇するとあったが、この数値は発表のたびに減少を続け、つい最近の発表では8cmまでに減少してしまった。一体何を信じれば良いのかわからない、そうした声が出てくるのも当然であるし、私もその中の一人である。島がなくなっていくといった海面上昇の問題は、本当に二酸化炭素濃度上昇が主原因なのだろうか?何か見落としているのではないか?こうした疑問が頭から離れないでいるのだ。今回は以下、私なりに環境問題についてまとめてみたい。

現在起きている最も深刻な環境問題とは何か?私が思うにそれは都市化による乱開発と砂漠化、そしてフロンである。砂漠化はその80%以上は温暖化が原因ではなく人為的なものだ。各国の劣化地域の統計によれば、過放牧や伐採によるものがほとんどである。特にアジア、アフリカでこの傾向は顕著である。都市化による乱開発や工業化により、大気中の二酸化炭素濃度が大幅に増加したことは言うまでもない。太古の地球で二酸化炭素が多かったときには、自然的要因で増加したのだが、現在のものは明らかに人為的だ。人為的増加では、酸素の減少を意味する。だから、二酸化炭素濃度上昇により「温暖化が大変だ」とするより「酸素が減った」ことを問題視すべきなのだ。現在よりも気温の高かった白亜紀には、二酸化炭素が今の6倍以上存在していたとされるが、酸素濃度も35%であったのだ。仮に工業排出ガスを削減していったにしても、それは削減でしかなく、完全になくすというものではない。酸素を生み出す植物がなくなってしまうのであれば、動物は生きてはいけない。現在よりも二酸化炭素が多かった時代があった事実をふまえ、我々は酸素濃度に着目しなければならない。守ることもできない京都議定書を考えるより(実際日本では90年代から二酸化炭素排出量が8%増加している)、各国でどれだけ植林に力を入れるかなどを具体的な数値として目標とするほうが現実的だと私は考える。ただし、工業化による二酸化炭素排出が大幅な酸素減少の要因であることは間違いない。要するに、二酸化炭素を増やし酸素を減らすという最悪の循環を続けているのである。

フロンの場合は、現在では冷房を破棄する際には回収が義務付けられているが、それでもオゾン破壊を遅らせているだけで、破壊は進行中であるし、何しろ地球規模で排出し続けてきたのである。冷房機、特に業務用が多く用いられるようになった1970年ごろまで、平均気温は下降していた。地球の気温はこれまでも上昇と下降を繰り返してきたのだが、70年以後は上昇し続けている。恐らく、大手企業や巨大なビルなどで戦後とりつけられた冷房の買い替え時期が、70年以後なのである。フロン排出量の推移グラフが存在していないので正確ではないが、フロンの原因はスプレーや冷蔵庫、冷房であることを考えれば、二酸化炭素濃度の上昇推移よりも フロンの排出量の推移のほうが気温の上昇推移により近いのでないだろうか?私は、もし温暖化というものが確実に存在するのならば、原因は二酸化炭素濃度だけではなく、フロンによるオゾン層破壊にもあると考えるのである。しかし、フロンは、回収が義務付けられたとして世界的に問題は解消したかのように扱われている。オゾン層破壊による影響は、人に有害な紫外線が地表に届いてしまうことや温暖化があげられているが、本当にそれだけなのだろうか?太古の地球と比較しても、大気を取り囲む層の変化はオゾン層破壊が初めてであるだけに恐ろしさは増すばかりである。南極だけではなく日本国内でも、札幌でオゾンの減少が確認されている。つまり地球規模で破壊は進行しているのではないかと考えられる。憶測や推測ではあるが、大気を囲む層が変化してしまえば、大気そのものが変化することや、これまでには到達することのなかった紫外線が海に与える影響などを私は危惧するのである。

今後長期にわたって温暖化が進むと言うのであれば、それは間違いなくオゾン層破壊と酸素濃度の低下である。もし、北極や南極の氷が溶けて、影響があるとすればそれは何か?海面上昇だけが問題なのではない。氷が溶けた海水は当然塩分濃度が下がり、蒸発する水分の量が増すことになる。北極や南極に降るのは雪にしかならないが、極に近い地域で発生する嵐の勢力は強大化する。氷が溶けては雪となってという繰り返しの間隔は極端に短縮され、嵐の発生回数もそれに合わせて増加していくであろう。また、海流(深海大循環)は、塩分濃度と水温との差によって生じ、ゆっくりと地球全体を廻っているのだが、氷の溶けたときの量と、蒸発したときの量とその回数が増すことによってこの速度にも変化が生じ、はっきりとした災害となって現れてくるであろう。特に暖流と寒流とがぶつかる地域では、極からの寒流の強弱が激しくなるのでその影響が顕著に見られると私は推測するものである。

もし私の推測が間違いであったとしても、京都議定書を守ることの出来る国家は極端に少ない。二酸化炭素排出量の削減に取り組む必要性もあるのだが、今出来ることをしなければならないと考えるのであれば、フロン回収のコスト削減であり、砂漠化地域への植林と、都市の緑地化であろう。前者は企業レベルでのみ行なわれ、後者にいたってはほとんどがボランティアレベルでしか行なわれていないのだ。オゾン層の回復技術の長期研究が必要なことは言うまでもない。

【補足】

二酸化炭素濃度上昇による気温上昇が問題ではないと私は考えているのではない。排出量は削減すべきであると思う。大気中の二酸化炭素は、ご存知のように海と、光合成植物により吸収される。吸収されなかったものが温室効果ガスを形成し、地表の温度を一定に保つ働きをするのである。現在では吸収しきれない量が多すぎるのである。しかも吸収してくれる植物は極端な減少を続けている。二酸化炭素が多すぎるのも、植物が少なすぎるのも人為的である。太古の事例からも、ある程度気温が上昇しても酸素濃度とのバランスが取れていれば地球の存亡にはなんら問題ない。だとすれば、生きている以上二酸化炭素は放出され続けるのであるし、酸素がなければ生きてはいけないのだから「二酸化炭素の排出量を減らそう」よりも先に「酸素を増やそう」と呼びかけるべきではないだろうか。